神馬 譲 ジンマ ユズル
劇伴音楽(映像音楽)を主軸とし、樫木裕実カーヴィーダンスのエクササイズBGMや第二回GACKT×東京フィルハーモニー交響楽団「華麗なるクラシックの夕べ」のメインオーケストラアレンジ、さらにはゲーム音楽、舞台音楽、映画音楽等の作曲・編曲・アレンジを手掛ける他、アーバンギャルド「昭和九十年」へのアレンジ参加等幅広く活動している。
今回、ネットラジオ番組「MUSIC★ピーポー」のコーナー「PickUp!MUSICピーポー」に出演して頂きました。
インスピレーション
―毎回どのようにインスピレーションを沸かせているのですか?
やっぱり、僕の場合は映像がついてくるので、その「映像」を観た閃きから音楽を作成しています。
もともと、小学校の時にマンガを描いていて”ストーリー”を頭で作るのが得意でした。その時に、”ストーリー”と一緒に音楽も頭の中で流れていたんですね。
―マンガ(絵)を描くのも上手なのですか?
いや。下手ですねwww。続けて入れば上手になれたかもしれませんね。
次世代的アニメ・ゲーム音楽制作プロジェクト
―このプロジェクトは、一体何なのですか?
仕事をしている中で、色々なミュージシャンや諸先輩方々と知り合う事が出来たので、尊敬する人達を集め、ゲーム音楽等を一緒に制作するチーム(コラボ)として発足させました。プロデュースは僕が行っています。コンセプトミニアルバム「紅絵巻」は、そのプロジェクトでの宣伝用アルバムです。
現在のポジションを得るまで
―どのように、作曲の仕事を得ていったのですか?
元々は生まれが北海道なので、北海道で作曲の勉強をしながら全く別の仕事をしていました。地元では、ほとんど作曲の仕事が無く「これでは、いかん!」と言うことで、2010年に北海道から犬1匹連れて上京してきました。その時は29才でした。
東京へ来て、1番最初にmixiの音楽業界系のコミュニティに参加し、自作アルバムを配りまくって仕事を得ました。あとは、呑み屋で仲良くなった方が映画制作会社のプロデューサーだったりと言うのもありました。
オーケストレーション
―神馬さんの特徴でもある「オーケストレーション」とは?
ザックリとなりますが「管弦楽法」と言うもので、オーケストラって沢山の楽器あって、楽器によって奏でる音域や特徴が様々あるので、その各々の特徴や音域を知り、自分の思った通りの音楽を表現するための技術・アプローチ方法です。
Pegasus Arts Projectよりコンセプトミニアルバム「紅絵巻」
今後の展望・野望
―今後の活動として考えている事はありますか?
海外進出をしたいです。本拠地は日本に置いて、アジア圏、ヨーロッパ圏、アメリカ圏と複数に拠点を置いて音楽活動を行いたいです。現在、アジア圏進出を目指して動いています。
―具体的にどの辺りに、いつ位から?
8月位から台湾(台北)に。今年の2月に1度行ってきて、現地の音楽制作会社とミーティングしたり、あとはライブサポートと言う形で、僕が薦めるミュージシャンを台湾でライブして貰う予定です。
ラジオ収録後に、無理を言って神馬さんの作業場所にお邪魔させて頂きました。
[防音の作業スペース]
[楽器や歌を録音するブース]
どちらの部屋にもあるiPhoneはfacetimeを使用して、コミュニケーションを取るためのもの。
音へのこだわり
打ち込みだからと言って、1つのバイオリンを1トラックで作るのではなく。「硬いバイオリン」と「柔らかいバイオリン」の音を組み合わせたり、時には、バイオリンでは無い音を使ってバイオリンの生音感を出す。パソコンにはパソコンでのテクニックが必要なんです。だから正直、生の方が楽です。生演奏なら一発でカッコイイ。
リファレンス(参考曲)との向き合い方
最近は、仕事を受けるときに参考曲を提示される事が主流になっているそうです。
駆け出しの頃「参考曲はあくまでも参考曲なんだ。参考曲を無視した曲でもそれが作品にハマれば使われるから」と教えられた事があります。新人にありがちなのが、与えられた参考曲通りに作ってしまうことで。プロなら別の可能性も示せないとプロではないと思う。「この場面は”悲しい感じの曲”でお願いします」と言われても、直感的にあえて”楽しい曲”を当て込んだ方が効果的な事もあるんです。監督や発注者が気がついていない新しい音楽の可能性を伝えるべき。それがプロだと思うんです。
奥様の支え
―奥様へもインタビュー:作曲家の妻で辛かったことは?
結婚当初です。私の両親が同棲は反対と言うことから、必然的に結婚に至りました。結婚に伴う引越し費用も私が負担したり、当時は神馬の仕事の量が不安定だったので、半年間くらいは私が”神馬”と”犬”を養っていました。でも神馬は「自分は絶対に成功する」「大きい仕事が来た時に対応できなくなるから、バイトは絶対にしない」と言っていて「お金が無いのに凄い自信だなぁwww」と思っていたら、それから本当に直ぐに大きい仕事が来たりして、気がつけば今に至るまで仕事が途切れなくなりました。
あの時神馬に「投資」していた半年間があるから、何が起きても動じませんwww
北海道から一緒に上京した「ミー君」
お金が無い時でも、犬のエサは自分よりも先に購入していたとのこと。神馬さんが作業中は、良く足元かひざ元に居ます。前は大きい音にビックリしていたけど、今では大きい音がしても微動だにしないらしいです。世界一、耳の肥えたワンちゃんですね。
呑ミニケーション
神馬さん、奥様の静香さん、アシスタントの山口さんと神馬さんの現在のホームタウンである「三軒茶屋」の焼き鳥屋さんで呑んできました
[写真]左:奥様の静香さん 右:ビールが似合う神馬さん
奥様との出逢いも居酒屋だったそうです。神馬さんの祖父母が漁師業を営まれていて、奥様のご実家も野菜を育てているらしく、たまに大量の食材が送られてきて、それを消化するために開催されていた自宅での「居酒屋じんま」が現在はお店を貸し切って行われるぐらい大きくなっているみたいです。
神馬 譲 作曲・編曲・プロデュース・オーケストレーション
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取材まとめ
神馬さんの造る楽曲の凄さは、温度感・臨場感・ライブ感だと思う。予算の都合上、何でもかんでも打ち込み(DTM)で補ってしまう現代の音楽に温度を加えてくれる神馬さんの楽曲は音楽に対してのプライドと作曲家としてのこだわりを感じました。それから、神馬さんにとって切っても切れない関係の”お酒の場”。仕事のやり取りがメール等で済まされてしまう昨今だからこそ、面と向かってコミュニケーションをとれる場が必要だと感じました。映像の時代と言われている今、神馬さんの様なメロディーだけでなく音質・音色にもこだわる音楽職人が求められている。