音楽特集

【王でありヒーロー】ケンドリック・ラマーとブラックパンサーを引き寄せた3つの共通点

2020年8月28日、米国俳優チャドウィック・ボーズマンが結腸がんのため亡くなった。43歳だった。

チャドウィック・ボーズマンは、スーパーヒーロー映画として史上初のアカデミー賞ノミネートを果たした2018年公開の映画『ブラックパンサー』にて、“国王”とスーパーヒーローである“ブラックパンサー”というふたつの顔を持つ主人公、ティ・チャラ役を務めた。マーベル作品初の黒人ヒーローを主人公とした『ブラックパンサー』は社会現象となるほどの大ヒット作となった。

ストーリー、ビジュアル等、総合的に優秀な作品だと認められた映画『ブラックパンサー』だが、中でも注目すべきはそのサウンドトラックだ。グラミー賞では映画・テレビサウンドトラック賞を受賞。さらに、サウンドトラック・アルバム『ブラックパンサー ザ・アルバム』の収録曲であり、ティ・チャラがキルモンガーとの対決に敗北したことをテーマとした『King’s Dead』は最優秀ラップ・パフォーマンス賞を受賞した。

この栄光たる功績を収めた『ブラックパンサー ザ・アルバム』のプロデューサーはなんと、ラッパーのケンドリック・ラマー(Kendrick Lamar)。ケンドリック・ラマーといえば、2017年リリースのアルバム『DAMN.』でグラミー賞最優秀ラップ・アルバム賞や、ピューリッツァー賞を獲得したことで世間を騒がせた新参者だ。ピューリッツァー賞においては、クラシックミュージック・ジャズミュージック以外のジャンルで初の快挙であった。まさに「ヒップホップの新王者」である。

ブラックパンサーにケンドリック・ラマーが起用されたのは何故か

このように数々の賞讚を浴びてきたケンドリック・ラマー。興行収入世界第1位を誇る映画シリーズ、マーベルのサウンドトラック・プロデューサーに選出されたことに誰もが納得するだろう。

しかし、地位と名誉を確実にものにしてきたラッパーはケンドリックだけではない。黒人ラッパーに限定して言えば、カニエ・ウェストはグラミー賞69回ノミネートのうち21回も受賞しているし、ジェイ・Zは「アメリカ音楽史上最も裕福なミュージシャン」と謳われている。ドレイクはデビューアルバムから驚異の8作連続全米1位を記録した強者だ。

その中でなぜ、ケンドリック・ラマーが選ばれたのか。それは言うまでもなく彼が「ケンドリック・ラマー」だからである。

ケンドリックが『ブラックパンサー』のサウンドトラック・プロデューサーに選ばれた所以を語るには彼の軌跡を辿る必要があるだろう。彼のメジャーデビューアルバム『good kid, m.A.A.d city』と『To Pimp a Butterfly』に触れておきたい。

狂った街で過ごす優等生ケンドリック少年の1日『good kid, m.A.A.d city』

ケンドリック・ラマーは2012年、アルバム『good kid, m.A.A.d city』をリリースし、メジャーデビューを果たした。ケンドリック・ラマーはこのアルバムを通して「good kid (=優等生)」であるケンドリック少年の「m.A.A.d city (=狂った街)」でのリアルやトラウマを語っている。

舞台は米カリフォルニア州南部に位置するのコンプトン。コンプトンは、アメリカで犯罪率が最も高い都市のひとつとして知られ、ギャング犯罪で悪名高い。そんな狂った街でケンドリック・ラマーは育った。

コンプトンの家庭にしては珍しく両親の揃う家庭で育ち、成績優秀、いわばお利口さんだったケンドリック少年は、コンプトンのギャングな仲間たちによる同調圧力に負けてしまう自我に、自己嫌悪を感じながらも楽しく過ごしていた。ドライブや飲酒、マリファナを吸ったりラップゲームをしたりする毎日だ。可愛い彼女もいて毎日充実のケンドリック少年。

その中で、友人や親戚の死を目の当たりにすることもあった。狂った街での狂った日常。このままではいけないと思ったケンドリック少年は、自分を変えたいと願い、自分を変えるためには自分を愛するしかないと気付く。

そんな時に母親から電話がかかってくる。トップ・ドッグ(ケンドリック・ラマーが所属しているレーベル)からケンドリックをスタジオに招きたいという連絡を受けたそうだ。自分を愛するチャンス、自分を変えるチャンスを掴んだケンドリック少年は、この電話を機にメジャーデビューを果たすことになる。そしてメジャーデビュー・アルバムとしてリリースしたのがこのアルバム『good kid, m.A.A.d city』だ。ケンドリックのこのアルバムは大ヒットし、彼はコンプトンの、ヒップホップの新王者となった。

そして、コンプトンのような「狂った街出身」という運命を背負っていても、自分を変えることができるということを証明したのだ。

芋虫が蝶となる時『To Pimp a Butterfly』におけるケンドリック・ラマーの葛藤

王となったケンドリックは、地位や名誉、富や名声まで何もかも全て手に入れた。何もかも手に入れたケンドリックの歯車は、奇しくも狂い始めてしまう。煌びやかに羽ばたく蝶となり狂ってしまったケンドリックが、かつて芋虫だった頃の自分を取り戻し、立て直していく。このアルバムはそんなストーリーになっている。

影響力の使い方を間違えていた自分への自己嫌悪や、何世紀にも渡って黒人(アフリカ系アメリカ人)が受けてきたアパルトヘイトや人種差別が、ケンドリックの心と体を蝕んでいる。惨めな気持ちで溢れているけど俺大丈夫かな、『Alright』かな、と自問自答するケンドリック・ラマー。

そんな鬼胎を抱えたまま、ケンドリックは旅で南アフリカを訪れる。そこで「ケンドリックはリーダーだ。ヒーローだ」と自身を崇めてくれるティーン達や、救いの手を差し伸べてくれる神と出会う。アフリカが俺のルーツだ。ケンドリック・ラマーは、黒人としての誇りを取り戻し、「キング・ケンドリック・ラマー」としての運命と宿命を受け入れ、自身が手にした影響力をコンシャスなものへと変えていく。

消せない過去やトラウマ、ストリートで受けた痛み。それは芋虫が蝶へ変態する際に伴う喜怒哀楽から成る痛みと似ている。この痛みを分け与えることは、喜びや快を分け与えることと同じだと気付いたケンドリック・ラマーは、自分をしっかりと立て直し、みなを導くべくその美しい羽で羽ばたく。

『ブラックパンサー』にケンドリック・ラマーが選ばれた理由は、両者の3つの共通点

ケンドリック・ラマーは、アルバム『good kid, m.A.A.d city』と『To Pimp a Butterfly』を世に解き放ち、ヒップホップ界と地元コンプトンに確たる“爪痕”を残した。

苦悩や葛藤にまみれた人生を力強く歩んできたケンドリック・ラマーだからこそ、マーベル映画『ブラックパンサー』のサウンドトラックプロデューサーに起用されたのだが、その人生と映画の内容を照らし合わせると共通点がいくつも浮かび上がる。

今回は、ケンドリック・ラマーが『ブラックパンサー』に起用されるきっかけとなった共通点の中から、特に注目したい3つを映画『ブラックパンサー』のあらすじを含めながら考察していく。

共通点1:“王”と“ヒーロー”という二面性

チャドウィック・ボーズマン演じる主人公ティ・チャラは、アフリカに位置する架空の王国、ワカンダの“国王”と、その守護者であるスーパーヒーロー“ブラックパンサー”を兼任している。天才的な知能と王という権限、祖国の持つ最先端技術や富を駆使してワカンダを守っているのだ。

対するケンドリック・ラマーは「ヒップホップの新王者」と謳われ、自身でも意識するほどの影響力を持っている。ケンドリックから放たれる言霊たちは、彼の巧みな技術によって時に優しく、時に切なく、時に力強いフローを生み出す。

また、ケンドリックはメジャーデビュー・アルバム『good kid, m.A.A.d city』にて、逆境においてもスーパーヒーローに変身するチャンスがあるということを証明してくれた。

 

『ブラックパンサー』の主人公ティ・チャラにもケンドリック・ラマーにも“王”と“スーパーヒーロー”若しくは“ブラックパンサー”という二面性があるという共通点は、『ブラックパンサー ザ・アルバム』のプロデューサーとしてケンドリックが起用された一因と言えるだろう。

また、映画『ブラックパンサー』は「誰もがヒーローになれる」ということも主題としている。

第44代アメリカ合衆国大統領バラク・オバマの妻であり、米国史上初のアフリカ系アメリカ人ファーストレディとなったミシェル・オバマは、映画『ブラックパンサー』に向けて「あらゆるバックグラウンドを持つ人々を深くインスパイアし、それぞれの道でヒーローとなる勇気を与えてくれるはずです」と称賛を送った。

共通点2:過去やトラウマが育てた人間性

マイケル・B・ジョーダン演じるキルモンガーは、ティ・チャラの宿敵である。キルモンガーは自身が王家の血を継いでいることを理由に、ティ・チャラに決闘を申し込み、その王位を奪ってしまうのだ。

決闘や政治におけるキルモンガーのやり方は、半ば強引で暴力的であることが印象的。キルモンガーがそのようなやり方を決行してしまう理由は、彼の暗い過去やトラウマにあったのだ。

ワカンダから遠く離れたニューオーリンズの最底辺層で育ったキルモンガー。キルモンガーの父親であるウンジョブは、ティ・チャラの父親ティ・チャカの手により亡くなっていた。大人になったキルモンガーはアメリカの秘密工作員となり殺人を繰り返す。キルモンガーの狙いは、殺された父ウンジョブの意志を継ぐこと。その意志とはどのようなものなのか。まずはワカンダという国について知る必要がある。

ワカンダは貧しい牧畜民が暮らす第三世界の発展途上国であり「小国」だ。しかしこれは表向きの肩書で、実際は希少鉱石ヴィヴラニウムの研究を進め、医療や科学において最先端の技術を誇る「超文化大国」なのだ。外国による資産の盗難や強奪を恐れ、本国の最先端技術を駆使し、高度なホログラフィックプロジェクションとバリヤーで国境の周りを覆うことで、その姿を眩ませている。

キルモンガーの父ウンジョブは、ニューオーリンズでアフリカ系移民が白人から悲惨な扱いを受けていることを知り、ワカンダの技術と資源を駆使して反逆することを試みていた。その企てが「裏切り」としてティ・チャラの父であり当時のワカンダ国王であったティ・チャカに知られ、殺されてしまったのだ。

父の意志を継ぎ、同胞たちを救うため、ヴィヴラニウムや最先端技術を世界中に渡らせようとするキルモンガー。暴力に訴えてしまうのは、幼き頃に父を亡くして、自身が最底辺層で惨めに育ったことが起因している。

サウンドトラック・アルバム収録曲『All The Stars』におけるケンドリックの言葉にこんなものがある。

Tell me what you gon’ do to me
教えろよ お前は俺になにをするのか
Confrontation ain’t nothin’ new to me
争うことなんて何の意味もないんだ
You can bring a bullet, bring a sword, bring a morgue,
お前は弾丸や剣を振りかざし 死体で山を作る
But you can’t bring the truth to me
けど真実なんて一欠けらも持っちゃいない

ケンドリック・ラマーも、両親がそろっていたとはいえ『good kid, m.A.A.d city』と『To Pimp a Butterfly』から読み取れるように、劣悪な環境下で育ったはずだ。彼の地元は、殺人が繰り返されマリファナの煙が充満し、街中が酒で浸水するような地だったのだから。

『good kid, m.A.A.d city』収録曲『Sing About Me, I’m Dying of Thirst』においてもケンドリックは、逆境を乗り越えなくてはいけないと語っていた。

そして、キルモンガーもケンドリックも、黒人であるというだけで悲痛な思いをしてきたはずである。

共通点3:黒人固有の苦悩や葛藤、そして誇り高きアイデンティティ

キルモンガーの父ウンジョブが反逆を企てるたその理由は上記にあるように「アフリカ系移民が白人から酷い扱いを受けていた」から。映画『ブラックパンサー』に垣間見える黒人の苦悩はそれだけではない。

ワカンダのスーパーヒーローであり作品タイトルにもなっている『ブラックパンサー』という名は、1960年代後半から1970年代にかけてアメリカで黒人民族主義運動や黒人解放闘争を展開していた急進的政治組織「ブラックパンサー党」に由来している。黒人解放を提唱し、ゲットーを自衛するため、アフリカ系アメリカ人に対し武装蜂起を呼び掛けた革命組織だ。

キャストだけではなく、製作スタッフまでもアフリカ系アメリカ人を起用した映画『ブラックパンサー』が評される際、「アフロ・フューチャーリズム」という言葉が繰り返された。「アフリカ未来主義」と直訳できるこの言葉は、まさにこの映画の特徴を克明に捉えていると言える。

ワカンダは、最先端技術や資源の盗難や強奪、いわば「搾取」を恐れて鎖国していた。

現実世界でのアフリカはどうかというと、豊富な資源を持っているはいるものの、開発のための財力やインフラなどのシステムが整っていないために、その膨大な資源は他国により搾取されてしまっている。搾取されているのは資源だけではない。現在も「人間」が奴隷搾取されているのだ。国連の推計によると、2019年時点で、4000万人ものアフリカ人が強制労働や性的搾取を受けているという。

アフリカ系アメリカ人であるケンドリック・ラマーも黒人としての苦痛を自身の楽曲の中で語っていた。

「俺たちは大丈夫、俺たちは大丈夫」と自己暗示を繰り返す『Alright』では、黒人が受けてきた差別と葛藤、ヘイトを叫んでいる。

We been hurt, been down before

今までずっと俺たちは酷い目にあわされてきた

Nigga, when our pride was low

黒人であることに自信を持っていないと

Lookin’ at the world like, “Where do we go?”

世の中に出たときに「これからどうすりゃいいんだよ」って路頭に迷うことになる

Nigga, and we hate po-po

サツのことだって憎んでる

Wanna kill us dead in the street fo sho

あいつらこのストリートで俺ら黒人を殺そうとしてるんだ

黒人であることの苦痛や葛藤を味わってきたケンドリック・ラマーだが、それでもアフリカ系アメリカ人やヒスパニックの住む地を起源とし、その歴史を築いてきた「ヒップホップ」という手段を用いて自身のアイデンティティを確立してきた。音楽は目に見えないものだが、「ヒップホップ」は黒人たちが築き育ててきた大切なカルチャーである。誰にもどの国にも「搾取」することはできない。

それでも黒人たちはヒップホップを独占しなかった。ヒップホップは幾度となく世界に認められ、たくさんの人を救ってきたではないか。

『ブラックパンサー』においてティ・チャラは最終的に、ヴィヴラニウムや技術を世界中にシェアすることを決断する。同胞だけではなく世界中を救おうという気持ちや、自身が持つ文化やルーツに対する誇りは、ティ・チャラとケンドリック・ラマーに通づるものがあるのではないか。

『ブラックパンサー ザ・アルバム』の中にケンドリック・ラマーとブラックパンサーの“爪痕”を探せ!

映画『ブラックパンサー』とサウンドトラック・アルバム『ブラックパンサー ザ・アルバム』の成功要因はここに書ききれないほど数多くあるだろう。

今回は、マーベル映画『ブラックパンサー』にケンドリック・ラマーが起用されることとなったきっかけを、ケンドリック・ラマーの人生と映画『ブラックパンサー』のストーリーの中に共通点として見出した。

サウンドトラックとしての機能だけではなく、そこに現れる登場人物たちのストーリーを『ブラックパンサー ザ・アルバム』の中に探してみるのも面白いかもしれない。王やヒーローたちが残した“爪痕”は思わぬところにあり、そこから気付きや“自分”を見つけられた者が新しいヒーローとなる。

次のヒーロー、キングは、あなたかもしれない。

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kozukario

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1998年生まれ。音楽、美術、映画、哲学、文学、ファッション、アニメなど多趣味。カルチャーオタクです。マイブームは睡眠時に夢(無意識)を見ることと、ロンドンナショナルギャラリーの公式サイトで作者不明の作品を漁ること。音楽のアンテナは年中無休で張り巡らせています。

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